【大長編】クマシロ
頂点を目指す成り上がりの青年と、王者の血筋に劣等感を抱く姫君の成長を描く和風ファンタジー
作品名 | クマシロ |
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作者 | 円堂豆子 |
文字数 | 約109万字 |
所要時間 | 約36時間20分 |
ジャンル | 古代日本ファンタジー |
作品リンク | カクヨム |
あなたと引き換えに選んだ道だもの。立ち止まってなんかいられないわ―――
―――冗談じゃない。のし上がってやる。出雲はそれができる国なんだ。
「強いものが上に立つ。出雲に血の色は無用」という〈力の掟〉により王が選ばれる出雲の国にあって、賢王を祖父に、その娘である姫将軍を母に、そして偉大な武王〈大国主〉を父に持って生まれた少女・狭霧。極上の血筋に対する劣等感に苦しむ少女は、大国主の娘として扱われることを忌避し、幼い頃から人質として出雲で暮らしている敵国の王子・輝矢の元にいつも逃げ込んでいた。
そんな彼女があるとき出会ったのは、異能の力を生まれ持ったために迫害されて育ち、異国の出でありながら王たちに才能を見いだされて成り上がった策士の少年・高比古。生い立ちも性質も正反対の子どもたちは、互いに自分の手に入らないものを持っている相手に反感を抱きあうが…。
血を継ぐものと意思を継ぐもの、自分は何のために生きて死ぬのか、王とは王族とは何なのか――?
未熟な子どもたちがそれぞれに苦しみ、反発し合ったり慰め合ったりしながら進むべき道を見つけていく姿が、時に愛おしく時に痛々しくも胸に迫ってくる。
時は倭国大乱。〈死の女神〉によって守られる〈武の国〉出雲を舞台に、次代を担う若者たちの成長と壮大なる継承劇の顛末を描く、圧倒的スケールの古代日本ファンタジー。
…狭霧の両親、大国主と須勢理姫の馴れ初めを描いた和風ラブコメディ。
【1話:黄色の風紋】
・幼い死霊が野つ子になって、母を探しにやって来る…堅薦ごしに父母の声だけを聞いている幼い狭霧。ぞくぞくする一方でたまらなく物悲しい、死の淵の場面。
・人質として貴人の牢に篭められた敵国の王子と、番兵の目を盗んではこっそり会いに通う姫君。仲の良い幼い恋人同士のやり取りが微笑ましい。知らない間に姫君が牢屋に忍び込んでいたことを知ってうなだれる番兵さん、お疲れ様です(笑)
・敬愛する武王が、何の役にも立たない無力な姫を可愛がっているのが面白くないツンツン少年・高比古 VS 元海賊のくせに、とうさま達に目をかけられて、なんて偉そうなやつなの! って反発する狭霧姫。どっちも幼くてちょっと笑ってしまう。
・あこがれの武王に、幼稚さを指摘された挙句に「根暗だな」とか言われて、ガーンってなる高比古…(笑)
・穴持様が生前の須勢理姫のことを語るシーン、泣きそうになる。出雲の武王を支え続けた最愛の妃。
・戦場に立って国を守った父母とは違う道を見出す狭霧。なりたいもの、向かうべき方向をぼんやりと見つけて、ちょっと地に足がついた感じ。そんな狭霧とは対照的に、いつ殺されるかも分からない虜囚の身で、どこへも行きようのない輝矢が切ない。
・穴持様は輝矢のこと相当高く買ってたんだなぁ。格段に丁寧で敬意のこもった扱い…。最愛の娘を娶らせてもいいと本気で思った少年。
・幼い頃からずーっと死を見つめ続けてきたんだろうな。処刑前の落ち着きぶりが切ない。「きみだけが僕の安らぎだから」無知で無邪気で子どもだったかもしれないけど、そういう狭霧にこそ救われていた、囚われの王子様。
・互いの苦しみを思いやり、いたわりを分け合う子どもたち。人を気遣うことにも気遣われることにも慣れてない高比古が不器用に手を伸ばそうとしているのも、無知な子どもだった狭霧がそういうことを汲み取って包み込めるようになっているのも、愛おしくて胸がぎゅっとなる。
【2話:雲の切れ味】
・相変わらず人付き合いの苦手な高比古。優しいやり取りに慣れてなくて居心地悪そうにしたり、狭霧の無邪気さに苛つきつつも笑っていたらほっとしたり、ちょっとだけ棘が抜けた感じ。
・紫蘭と桧扇来、めっちゃなごむ。「暗くてのりが悪くてすみません」(笑) 宴の席から逃げてく二人がうらやましい高比古。
・た、高比古が…、高比古が天然でタラしてくる…! 苛立ったまま喧嘩するみたいに押し倒したり、急に笑いかけたり、また素っ気なくなったり、口は悪いけど手は優しいとか。そ…その緩急は駄目だろ…。
・狸じじいにぶん回されたりじわじわ追い詰められたりして消耗する高比古、ちょっと面白い…(笑)
・人嫌いの高比古が女の子といい雰囲気になってるのを見て、嬉しそうにニヤニヤする狭霧。真浪が狭霧を傷つけやしないかと警戒して牽制する高比古。初めて会ってからそう時間も経ってないのにすごく身内っぽい空気感になってるなぁ。必要以上に傍に寄ったりはしないけど、お互いに大事に思ってる感じ。
・高比古がふつうに同年代の男の子たちと楽しそうに騒いでるの、微笑ましくてニコニコしてしまう。
・心を預けられていたのに、相手の誇りをへし折るような真似をして、ものすごく後悔する高比古。似た者同士で、相手の痛い場所はよく分かる。
・高比古って、態度はエラそうだけど実はものすごく自己肯定感が低い子なんだな…。人と関わることに対して必要以上に臆病な感じが、これまでの生い立ちを思わせて切ない。
・敗北感に打ちのめされてマジへこみした高比古が、そばにいたいと思う相手は狭霧なんだなぁ。そんなに近しい関係でもないのに、傍にいて負担にならないような、不思議な距離感のふたり。
・高比古が火悉海に助けを求めにいったり、心依姫のことで狭霧に助言を求めたりするところ。当たり前に人を頼れるようになってるというか、心開いてる感じがして好き。
【3話:あかつきに閉じる花】
・忙しく立ち働いていないと不安で、ずっと働き通しの狭霧が切ない。1話に比べてぐっと大人びているからすごく時間が経っているみたいに感じるけど、まだ数カ月しか経ってないんだなぁ。
・狭霧も、必要以上に自己評価が低い感じがするな。力の掟の下では血筋なんか関係ないって言う反面、血筋に見合うだけの力がないことを誰よりも気にせざるをえない複雑さ…。
・馴れ馴れしくて恩着せがましくて、相手が従わないとは思ってもみない俺様野郎の盛耶。相手が何を怒ってるのかサッパリ分かってなくて、女が不機嫌=嫉妬していると単純に解釈する。………わぁー、ものすごく誰かさんのことを思い出すよ? 人の話を聞かない親子だなしかし(笑)
・日女から逃げ回って、狭霧を盾にしたり、怯えすぎてプッツンしたりする高比古…。女あしらいが苦手…とかそういう次元の話じゃないな、これは。相手が特殊すぎる(笑)
・狭霧は育ちが良すぎるというか、人を疑うのはいけないことっていう価値観なんだなぁ。これだけあちこちから狙われる立場なのに…。でもすぐに人を疑ってかかる狭霧なんて狭霧じゃないという気もするな。
・簡単に煽られる盛耶さん。夜襲をしかけようという時に大声で喚く盛耶に、「俺が煽りすぎたせいなのか?」って頭を抱える高比古…どんまい(笑)
・自分が原因で戦が起ころうとしていることに愕然として震える狭霧。出雲の姫として愚かな行為であることは百も承知で、それでも命が失われるということがとにかく耐え難いという衝動。狭霧が泣きながら「出来損ないでごめんなさい」っていうところ、胸が苦しくなる。それでも、たとえそれが自分の生まれに背く行為だったとしても、守りたい…じゃなくて、「守りたかった」んだね。
・輝矢とずっと一緒にいられたはずの可能性なんて、最初からどこにもなかったのかな。「輝矢はもう、この世にいないんだ」って、こんな風に打ちのめされるみたいに思い知るのはとても辛い。
【4話:果実のまどろみ】
・安曇に暇人よばわりされてワナワナする高比古…てのひらで転がされているなぁ。転がしていることを隠さない感じが一層むかつくという(笑)
・阿多族の山と海の狩りの舞、ものすごい迫力あって引き込まれる。視覚的に強烈に印象深いシーン。
・狭霧のことを是非妻に欲しいって言われただけで、一瞬にしてブチギレる穴持様…。愛妻の忘れ形見はプライスレス。安曇さん本当に苦労しているなぁ。
・火悉海、すごーくかっこいい。鋭利な雰囲気があって、部下たちと気安くじゃれ合ったりする一方で、人を従わせ慣れてる感じとか、ころっと機嫌なおす感じとか、ネコ科の猛獣みたい。
・穴持様と安曇の主従はめちゃめちゃ怖い。吐くほど怯える佩羽矢さん…お察しする…。
・幼い高比古が唯一知っていた愛情のかたちは、人ではなく森から与えられたもの。そういえば、ツンツントゲトゲしてた頃から、高比古は精霊に対してだけはいつも気を許してて柔らかかったな。その数少ない温かい想い出を、苦しんでいる狭霧に対して分け与える優しさに、胸がぎゅーっとなる。
・毎日なにかの命を奪って生きているくせに、戦についてだけ必要性とか理由とか考えもしないで恐ろしがるのは偽善なんじゃないかって…。ものすごく俯瞰的というか、為政者の物の見方って感じがする…。無邪気で可愛い狭霧が大人になってしまう…。
・大国主の娘ではなく一人の薬師として生きていきたいと思っていたけど、けっきょく何をするにしたって「大国主の娘」だからこそ有難がられたりする側面はあって、そもそも自分が今いる立ち位置を無視して進もうとしても上手く進めないのは当たり前だったんだね。でもそれを受け入れることは狭霧にとって「諦め」なんだ。あまり幸せそうではない方に続いている「王族」としての道。
・「王族」として生きることを呑み込む覚悟を決めてしまった狭霧に、その気配だけを察して焦燥にかられる高比古。し、心臓が痛い…。
【5話:死神の系譜】
・急に助言を求められて「おれは便利屋か?」とか言いつつ、ちゃんと考えてくれる高比古。すき。
・政略で娶った妻に会いに行くのが憂鬱な高比古…。生真面目というか優しすぎるというか、ちゃんと愛してやれないことが後ろめたい、相手の期待を無視できない子なんだなぁ。………いや普通はそうかもしれないな、ガン無視できる穴持様とかのが異常ですよね。
・穴持様をやりこめて楽しそうな恵那、好き。須勢理姫が嫁いだばかりの頃から色々溜まってましたものね(笑)
・喧嘩ごしで議論する狭霧と高比古。【1話:黄色の風紋】でお互いのことなんにも知らないでぎゃーぎゃー言い合ってた頃と全然違って、美点も欠点も認め合ったうえでぎゃーぎゃー言い合ってる感じ、好き。
・高比古にとっては、一度は捨てた命なんだな。出雲でなら、ずっと欲しかった「居場所」を自分の力で作っていくことが出来るから、そのために努力してきたけど。でも自分の意思を無視して蹂躙され搾取されることと、自分の意思に反してでも王として求められるものに応えなければならないことは、すこしだけ似ている。
・人から疎まれたり顧みられないことも辛いけど、人に必要とされることで自分の意思を殺されてしまうことも苦しい。ずっと行きたかった場所にはあと一歩で手が届くけれど、そこにたどり着いたとして何が手に入るのかな。この子がずっと欲しかったのは、もっとあたたかい繋がりなんじゃないかな………っていうかもっとあたたかい場所にいて欲しいと切に願う。おねがいだから幸せになって…。
・出雲に来てそっこーで運命の相手を見つけてそっこーで結婚しちゃった佩羽矢は、高比古より遥かに要領のいい子だったんだな、という気がしてくる。あいつ…すごいな…。
・自分を待っている狭霧を見た瞬間に、抗うことを諦める高比古。「高鳴っていた胸がぐしゃりと鷲掴みにされて、潰れたと思った。」この、目が合った瞬間、この一瞬が、本当にたまらなく好きで、ここだけずっと何回でも読んでしまう。少しずつ、つもりつもって、知らない間に淵いっぱいまで溜まっていたものが、決壊する刹那。もういい、死にたい、あんたが欲しい。
・「なんなんだろうね、今、わたしたち、おかしいよ? 時をおけば落ちつくかもしれないよ。だったらそれを待てばいいのに、待てない、怖くて――!」死にたいとか、怖くてたまらないとか、何も考えられないとか、死んだとか、感情の奔流に溺れそうになる。
・高比古を手に入れることで生きることに執着する狭霧と、狭霧を手に入れることで死んでもいいと思う高比古。
・「そうやって格好ばっかりつけて、男の子なんか嫌いよ!」こんなバッサリ身も蓋もない文句を言いきれるようになったんだなぁ。これは輝矢も高比古もごめんなさいと言わざるをえない…(笑)
・一瞬でも愛娘に敵視されたことにガーンってなって急にしょんぼりする穴持様。この人のこういうところも愛しくてしょうがない。
・珍しく浮かれまくって、狭霧はおれのものだって思いきり見せつけてくる高比古。清冽な雰囲気の男の子の、色っぽさと少年っぽさがどっちも全開に溢れてるみたいな感じ、強烈に魅力的でドキドキする。
【6話:石の名】
・ひたすら無言の高比古をニヤニヤネチネチいじめる真浪、めちゃめちゃ楽しそう(笑)
・家族の繋がりを蔑視していた、人の一生を背負うことにずっと及び腰だった高比古が、家族が欲しいって思えるようになったの、泣いてしまう…。高比古が幸せそうにしてるだけでもう泣ける。
・…かーらーの、死の神にオイデオイデされたり、狭霧を失う先視を見せられたり、出雲と狭霧を秤にかけさせられたりして、どんどんヘロッヘロになっていく高比古…。ストーリー的に不穏な気配はずっとあったけど、めちゃめちゃ容赦なく突き落としてくるな!?(おもに高比古を)
・裏切者の長門を喰らいつくし、兵たちを死の淵から生の淵へと連れ帰る最強の守護神。穴持様ほんっと惚れる…めちゃめちゃかっこいい…。
・「臆するな。この先に罪があれば、すべておれがかぶってやる」朝が来れば~の須勢理姫と対になってる穴持様の台詞、震える。
・永遠を司り死を抱く出雲の母神。出雲の大地は死そのものから出来ている。めまいがするような世界観に圧倒されるしかない。
・高比古に黙って〈形代の契り〉を結ぶ狭霧…。もう生きる理由そのものになってる最愛の妻に対して「大和へ嫁ぐか」とまで言わせたストーリー展開、高比古に対してドSすぎてまじで震える…。考えて考えて、一縷の望みがもはやそこにしか見つけられなかったのかって…。
・日女すきだなぁ。最初っからずーっと好き勝手ズケズケ言ってるブレのなさ。それに対して、好ましく感じるようになってる狭霧も好き。まだツンツンしてた頃の高比古に対してもそうだったけど、狭霧は順応力が高いというか懐が深い子なんだよな。
・死の女神に最も愛される大国主。「おれをくれてやるからには、盛大に大和を……いや、この先出雲に仇なすすべてのものを呪ってやる」出雲の守護神がかっこよすぎて息ができない。
・日女と一緒に大神事に向かう狭霧が、馬上で大声で喚いたり泣いたりするシーン、大好き。努力して、迷って、苦しんで、とうとう届かなかったものもあるけれど、絶対になくしてしまいたくない大切なものもあった。ここですごく色々思い出してぶわっとくる。
・意思を継ぐものが出雲を継承する、千年に渡って出雲を守る大神事。神秘的で壮大で、圧倒的スケールに鳥肌が立って泣きそうになる。
・朝日に照らされる海、疲れて傷つききって、冷たい波に溺れそうになりながら、めいっぱいの思いがあふれ出る。「死神でも、武王でも、ただの子どもでも、あなたが好きです――。とうさまとかあさまを継いでくれた、あなたがいとしい」状況も台詞もぜんぶ良すぎる…去ってしまったものへの寂しさと、染み入るような清々しさと、あふれんばかりの愛しさと。
・赤子を抱くのを怖がる高比古、愛しすぎる…。高比古がつけた名前が「巌」なのもじわっとくる。「石は、優しくて強いから」