【中長編】ファナに捧げる田園詩 : 閑人書房

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【中長編】ファナに捧げる田園詩

2020年10月17日 

国々の確執と廻り巡る愛憎を描く架空史劇


作品名ファナに捧げる田園詩
作者葉山郁
文字数約12万5000字
所要時間約4時間10分
ジャンル架空戦記(異世界)
作品リンク氷の花束(※トップページ)
※2020年10月現在、当該小説トップから各話へのリンク先URLが間違っているようですが、シリーズトップページのURL末尾「/fana.htm」を以下のように書き換えれば各話ページが参照できます。
 プロローグ→「/fanaep.htm」
 一話~最終話→「/fana1.htm」~「/fana18.htm」

レビュー

「王よ。たった一人の弟のために、千の命を贖うのか。我らの血を流すのか。――ならば貴様は王ではない」


夫を戦で亡くし憎悪をつのらせてきたファラキアの“狂女王”によってカディスの幼い王弟が捕らえられ、激高して戦を起こそうとしたカディス王は自国の“農民”の手によって弑される。国々がたがいに踊らされ諍い合うさなか、人買いのもとにいた仏頂面の小さな女の子は、“山賊傭兵”の異名を持つ男に買われて外の世界へと連れ出された――。

“王”とは何か、“騎士”とは何か、“将”とは、“兄”とは、如何にあるべきものか?
歴史の転換点、それぞれの役柄を課されて悲喜劇の舞台を踊る名もなき役者たちと、それを見つめる物言わぬ少女。強い信念と激しい愛憎にいろどられた劇的な展開の歴史ドラマは戯曲のような趣きで、舞台を観るように息をつめてひとりひとりの役者の表情を追ってしまう。

国々の趨勢をめぐる、狂気と陰謀のドラマティックな架空史劇。

キャラクターpickup
ファナ
…“山賊傭兵”に買われた幼い奴隷の少女。口をきくことができない。強情っぱりで気難しく、いつも仏頂面をしている。
“山賊傭兵”
「……どうすっかなあ。こんな泥沼に足突っ込まねえって決めて野次馬にきたのになあ」
…奇策に長けた凄腕の傭兵。大柄で傷だらけの恐ろしげな風体だが気のいい男。豪快な見た目に反して、小細工を弄するのが得意。
“農民”
「何故、種を蒔き、土から出た芽を喜び、雨を望んで夏の日差しを望んで、畑を耕して生き続けていられないかと――思うことはある」
…カディス王国の農民。自国の王を弑逆したのち、諸侯が騒ぎ出す前に農民たちを率いて侵略国を返り討ちにした救国の英雄。淡々として寡黙な底知れない男。
“狂女王”
「お前も、この狂いから生まれたのだ。そしてこの狂いを、引き継いでいくがいい」
…冷徹で残酷なファラキアの女王。有能な為政者だが、とうに死んでいる愛娘の亡骸とともに寝起きしている。
“裾隠れの公子”
「狂女め……っ!」
…ファラキアの狂女王の息子。良くも悪くも苛烈な母に隠れて影の薄い公子だが…。
“騎士”
「騎士は誰かを守る人です。力の限り、その人の幸せを望んで」
…ファラキア最高の騎士。ある少年を探し出し、人買いのもとから連れ帰った。
“王弟”
「どんなにあなた方が愚かだと、王失格だと言ったって、僕は、僕だけは、それで救われたんです。兄が僕を救おうとしたのは間違いなんかじゃない。――責めません! 責めない、責めない、責めませんから!」
…カディスの王弟にして唯一の王位継承者たる聡明な少年。

・強面の傭兵と小っちゃい女の子の凸凹コンビ、めっちゃ好き。豪快な男と、頑固で負けず嫌いで笑うのが下手くそな女の子。

・“農民”のやることに興味津々で突っ走っていきそうな“山賊傭兵”と、そういう時は止めてくれと言われたから容赦なく引っぱたいて止めるファナさん。いいフリにいいツッコミだ…(笑)

・戦うことなく三つの国を鮮やかにだまし討ちした“農民”。策士ってかペテン師ってか。

・ただただ相手の機先を制することによってのみ敵を下してきた男。ものすごい奇策とか使ってるわけじゃなく、種明かししてみればごく単純ってとこがミソだなぁ。

・“農民”は存在自体が異様というか、何手も先を読んでるから行動が早すぎるうえに、それがあくまでも一介の農民でしかないというアンバランスさが不気味ですらある。こんなのがぽっと現れたりする「歴史」の面白さが強調されたような語り口にワクワクする。

・「かくして、裾隠れ御公子は裾をはらって狂気の海へと船出する」8話ラストのゾクゾク感やっばい…。二人の王の戴冠と戦の幕開け。

・フェルナンドさん好き。そんなに出番も台詞も多くないのに、そのひとつひとつに人柄が滲み出ている。

・少年王とファナさんと山賊傭兵のやり取りになごむ。この三人いいなぁ、父子兄妹みたいで。

・兄の代わりに、王たることより兄たることを選んだ人の代わりに、自分の為にすべてを捨てることになった人の代わりに、誰よりも何よりも王たろうと。…十三歳の男の子の決意が、あまりにも切なく痛々しい。

・カディスの少年王を僭王と呼ぶファラキア王に対して、否定の声をあげる“農民”。このシーン、アツすぎる。泣いてしまう。

・あの人を守りたい騎士になりたいと言っていた子どもが、あまりにも無造作にあっけなく死んでいく。

・ものすごいドラマがいくつも無造作に展開しては幕を下ろしていって、圧倒されてしまう。「神視点ではなく、あくまでカメラ視点の三人称」がいい仕事してるなぁ。個々の心中はそれぞれの言動から推し量るしかない。こういうところも、いかにも史劇みたいな感じで面白い。

・“農民裁き”の詳細が読者の想像にゆだねられているところ、すきだな。語り継がれる名君の、統治初期の有名な采配。明確に語られていないことで想像が膨らむ。

・ラスト、後世からの語りでじんわり終わる感じ、たまらなく好き。愛しいファナはやっと笑った。

・サブキャラクターには名前があっても、メインキャラクターはファナさん以外は個人名を持っていないところ、それぞれの役柄が強調されていて面白い。そもそも“王”が王であることを否定されて役を降ろされるところから物語が始まっているんだな。では“王”とは何を呑まなければならないのか、“農民”は何を呑まなければならないのか? という役割観が、のちに少年王の行動を通して農民から語られるっていう構成もめちゃめちゃに熱い。

・“騎士”と“道化”と“裏切者”は同一人物だけども、役柄が異なる別人のイメージ。“王弟”と“少年王”も、“裾隠れの公子”と“青年王”も、役柄が変わったことでちょっとずつ印象が変わっている。一人の人間の多面性というか、立場や役柄を複数持っていること自体は別に珍しくもないけれど、個人名がついていないことによって呼称が自然に変化して、本当に同じ人間なのかなって思わされる。実際にそのあたりを利用したミスリードも仕込んであるし、面白い演出だなぁ。



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